本を耳で読む Amazon Audible 30日間無料体験キャンペーン実施中

【読書カード】藤本正行(著)『長篠の戦い』(歴史新書y)

 

長篠の戦い (歴史新書y)

長篠の戦い (歴史新書y)

  • 作者:藤本 正行
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2010/04/06
  • メディア: 新書
 

 

○等間隔では撃ちにくい
 まず、火縄の問題がある。たとえば、燃え続けた火縄の先端には灰がたまる。このため、引き金を引いて火挟みを落としても、火縄の火が火皿の口薬に点火しないことがある。それゆえ、ときどきは灰を除去せねばならない。逆に点火して発射できた場合、銃身内部のガス圧が火皿に逆噴射して、火縄の先端を直撃する。これだけで火縄の火が消えることがある。

 つぎの装填の問題がある。黒色火薬を発射すると、銃身内部にタール状の残滓(カス)が付着する。これが何発分もたまると、内部の直径が小さくなる。そうすると銃口から注ぎ込んだ火薬が残滓にこびりつき、奥底に届く分量が減ってしまう。さらに、銃口から入れた弾丸が途中で止まってしまう場合さえある。

○戦国時代の馬
 外来種の地を引く現代の競走馬などと違い、戦国時代の馬は在来種で小型であった。馬の丈は前足の蹄から方までの高さを測るが、その基本値は四尺(約120センチ)であった。丈が四尺一寸の馬を一寸、四尺二寸の馬を二寸と書くことがあり、それぞれヒトキ、フタキなどと呼んだ。四尺八寸が最大級で、それより大きなものは八寸に余るなどともいう。

在来種の馬の特徴は、小型であることのほか、身体の割に頭部が大きく、足が短くて太いことである。スピード感こそないが、腰骨がしっかりしており、頑健なところは道路事情の劣悪な日本の山野向きである。

○われらにおいては、馬(上)で戦う。日本人は戦わねばならぬときには馬から下りる。(ルイス・フロイス)

○もちろん、牙での戦闘の存在自体を否定するつもりはない。ただ、常備部隊で全軍乗馬し、集団突撃をする西部劇の騎兵隊のようなものはありえないと言っているのだ。そもそも馬に乗ることは、それを認められた身分の者の特権であり、また相応の給付を与えられた者の義務でもあった。彼らは団体生活をしているわけではないし、乗馬の技量も馬の質もまちまちである。騎兵の集団突撃に必要な訓練など受けていない。
 それに、彼らにはそれぞれ徒歩の部下がいた。仮に、騎馬武者だけを集めて集団突撃をさせるとなると、後に残った大勢の徒歩の部下たちの指揮は誰が執るのだろうか。

○同様の軍隊編成を基本とする戦国大名どうしの正面衝突に、映画やテレビのような突撃が起こることは有り得ない。突撃に援護射撃が不可欠なのは常識なのに、突撃する武田軍側の援護射撃が全く描かれていないからである。武田軍側にも銃兵がいたのだから、まずこれが援護射撃を行い、織田・徳川軍の戦線の一角を崩し、怯んだところに突撃をかけるというのが常識である。換言すれば、騎馬武者の威力は鉄砲の援護射撃の効果に左右されるわけだが、長篠の戦を鉄砲隊と騎馬軍団の異種格闘技のように考える方には、騎馬武者と鉄砲の不可分な関係が理解できていないようだ。

○長篠の条件
 長篠以前の資料で鉄砲使用に関するものは、枚挙にいとまがない。鉄砲が迎撃戦向きであること、集中的に使った方が散発的に使うより効果が高くなることなどは経験的にわかることだから、長篠の戦のミニ版が以前から行われていたとしてもおかしくない。ただ長篠の場合、鉄砲の数が圧倒的に多かったこと、最初から迎撃態勢を取れたこと、敵が正面から攻撃せざるを得ない状況をつくれたこと、大兵力を集中できたこと、兵力そのものに差があったことなどの条件が揃った結果、あのように効果的な鉄砲の運用が実現したのである。

■鉄砲三段撃ちは技術的にも地形的にも不可能である。

■武田軍は通常の騎馬武者と徒歩の兵の混成であり、全員乗馬した騎馬隊の突撃というものは存在しない。

■信長の勝因は、鉄砲だけでなく総合的な戦力差を利用した作戦勝ちだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA