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両国散歩【旅ログ】近代日本の歴史が詰まっている、北斎美術館、勝海舟生誕の地、吉良邸、そして締めはちゃんこです

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こんにちは、なおさん(@ichiryuu)です。

今回の記事は、7月20日に両国界隈を案内していただいたときの旅ログです。

 

なお、動画もアップしましたのでご覧ください。

 撮影機材はDJI OSMO POCKET

 

 

 

【旅ログ】両国散歩

 

 すみだ北斎美術館

 

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 最初に訪れたのは「すみだ北斎美術館」。

葛飾北斎(1760年10月31日ー1849年5月10日)は「富嶽三十六景」などで有名な方ですが、この両国界隈にゆかりの方なんですね。

 

しかしこの美術館、およそ浮世絵とはかけはなれた近代的な建築。

教えてもらわなければ、北斎の美術館とは誰も気が付かないでしょう。

 どう見たって、近代アートの建物ですよ。

 

すみだ北斎美術館公式サイトはこちら

 

 

 

 

勝海舟生誕の地記念碑

 

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北斎美術館をあとにして、次に向かったのが両国公園。

何の変哲もない公園の一角に勝海舟生誕の地記念碑があります。

1823年3月12日にこの地で誕生。

ここは父親小吉の実家である男谷家があったところで(小吉は勝家に婿養子にはいっていた)、勝海舟は7歳まで男谷家で過ごしています。

 

記念碑の後ろには簡単な略歴と功績をまとめたパネルがあります。

勝海舟は、もともと幕府の旗本であったことや明治に入ってからは目立った活躍がなかったため、幕末の錚々たる英雄たちの中ではちょっと霞んでしまう印象があります。

 

が、日本の歴史に残した功績はずば抜けて大きく、特に江戸無血開城などはどれだけの命を救ったかは計り知れません。

 


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 ということで、大英傑のゆかりの地で案内してくださった大越さんと記念撮影。

 

 

 

 

芥川龍之介文学碑

 

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芥川龍之介(1892年3月1日ー1927年7月24日)もこの界隈ゆかりの人。

生まれたのは中央区でしたが、生後7ヶ月頃に母が病気となり、母の実家の芥川家に預けられ、伯母に育てられます。

その母の実家があったのがこの界隈。

 

この文学碑には『杜子春』の一節が書かれているそうですが、僕は『蜘蛛の糸』ぐらいしか読んでないなぁ。

あとは映画で「羅生門」をみたぐらいか。

ちなみにこの文学碑は両国小学校創立150周年記念事業で平成2年に建立されたものだそうです。

 

 

 

 

吉良邸跡

 「忠臣蔵」の名で親しまれている赤穂事件。

その討ち入りの舞台となった吉良邸もこの両国にありました。

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その一部がこのように吉良邸跡として整備されています。

よくドラマでは「本所松坂町」という言葉が出ますが、元禄15年12月14日(1703年1月30日)の夜、ここで死闘が繰り広げられたのですね。


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本来は広大な敷地だったようで、今残っているのはごく一部。


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当時の敷地の86分の1と書かれています。

 


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こちらは吉良上野介の像。

ドラマでは悪役にされていますが、地元では名君とされていますよね。

その実像はどうだったんだろう。

この像では穏やかそうなお顔をされていますが。

 


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で、この敷地の一角にあるのが「みしるし洗の井戸」。

この井戸の水で吉良の首を洗ったのでしょうか。

 

ついでに書いておくと、僕はちょっとだけ霊感があるみたいで、この敷地にいる間ずっと背中が寒くて仕方ありませんでした。

 霊感が強い方が行くと、ちょっとやばいかも。

 

さらについでに書いておくと、最初に訪れた北斎美術館の北斎さん。

子供の頃に幕府御用鏡師、中島伊勢の養子になったといわれていて、その中島家は吉良邸跡地にあったそうです。

 

幼少期の北斎さんはここに住んでいたんですね。

 

さらにさらにもうひとつ。

北斎さんのお母さんは、赤穂浪士討ち入りの際、吉良上野介を守って討ち死にした小林平八郎の孫娘だそうで、吉良家と何かしらご縁があったんでんでしょう。

 

 

 

 

 

ねずみ小僧次郎吉の墓

 

回向院(えこういん)というお寺の一角に、鼠小僧次郎吉の墓があります。

時代劇でおなじみの、武家屋敷に盗みに入っては、その金を貧しい人たちに配っていたという義賊のねずみ小僧です。

 

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鼠小僧が長年捕まらなっかたので、その運にあやかろうと墓石を削ってお守りにする風習が江戸時代からあったそうです。

 

で、そのままでは墓石がなくってしまうので、削り専用の「お前立ち」という白い石を置いて、それを削るようになったそうです。

 

なんか墓石を削るのって恐れ多いですが、これを持っているとお金持ちになるそうなので、ゴリゴリ削ってきました。

 

 

案内してくれた大越さんが、コンタクトレンズの容器を用意してくれました。皆さんも行くときは何か入れ物を用意してくださいね。

 


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ちなみに、本来のお墓はこちらの奥。

 


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 天保3年(1832)8月19日に浅草で処刑されています。

 

 

 

大高源五句碑と大山巌元帥の表忠碑

 

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手前左側にある肝心の句碑が写真から切れていますが、この句碑は大高源五のもの。

 

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すみだ観光サイトより引用

 

この人、何をした人かというと、忠臣蔵四十七士の一人で、12月14日に吉良屋敷で茶会があるという情報を掴んできた人。

 

源五は俳句やお茶なども嗜む人で、吉良上野介のお茶の師匠である山田宗偏からこの情報を得るのですが、このシーンって忠臣蔵で必ず登場しますよね。

 

ただ、ドラマでは彼の出番はこれぐらいで、討ち入りシーンではあまり登場しませんが、実際には薙刀のような大太刀を持って討ち入った武勇の人でもあったそうです。

 

ちなみに俳句碑には「日の恩や 忽ちくだく 厚氷」とあります。

 


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 一方存在感抜群の表忠碑は大山巌元帥によるもの。

大山元帥は薩摩出身で鳥羽・伏見の戦いより戊辰戦争を戦い、妊娠日露の戦争でも活躍された方。

表忠碑は日清日露戦争で戦いい命を落とした兵士を弔うためのものだそうです。

軍人らしい力強い字体ですね。

 

 

 

 

 

ちゃんこ巴潟

さて、両国散歩はここまでで終わり。

最後はちゃんこで締めくくりです。

 

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案内していただいたのは、「ちゃんこ巴潟」さん。

ちゃんこは高校教師をやってた頃、修学旅行の引率で東京に来て2度ほど食べたことがあります。 

そのときもすごく美味しかったけど、やっぱり修学旅行で出されるのとは全然違いますね。


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みてこのすごい具材!

ちゃんこと言うとゲンを担いで四つ足のものは入っていないのかと思ってましたが、豚も牛もありなんですね。

 


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 今回は大越さんおすすめの塩ちゃんこでした。

これがさっぱりしていて、それでいて具材の旨味もしっかり味わえてとてもうまい!

いやぁ、癖になりそう。

 

 

関連ランキング:ちゃんこ鍋 | 両国駅浅草橋駅東日本橋駅

 

 

ちゃんこ巴潟の公式サイトはこちら

 

 

 

 

両国散策感想など

 

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今回案内していただいたのは、両国駅周辺のごく狭いエリアでしたが、いやぁ、内容が濃いですね。

 

東京って、長い日本の歴史全体から見ると新しい都なので、歴史が浅いイメージがありますが、それでももう400年は経っているわけですよ。

 

これ、アメリカの歴史よりずっと長いですからね。

しかも、江戸から明治、そして現代に至る期間ってそれこそこの国のかたちが完成した期間。

 

有名人や有名な事件にゆかりのものがたくさんあるのは当たり前。

特に下町となるとその傾向は顕著です。

 

この日は約1時間半ぐらい歩きましたが、赤穂浪士討ち入りから明治維新、そして明治の文豪まで、「ここがあの場所なのか」「ここであの人が生まれたのか」といった場所が密集しているのが、歴史の濃さを感じさせてくれる両国散歩でした。

 

僕みたいな田舎者が東京に行くと、メジャースポットばかりに目が行ってしまいますが、よーく目を凝らしてグーグルマップを見てみると、意外な史跡が散在しているのが東京という場所です。

 

歴史の舞台として東京を楽しむのもありだと思います。

 

 

案内していただいた大越様、ありがとうございました。