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「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」【映画レビュー】オッサンの心に染みるブラックコメディ

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」【映画レビュー】オッサンの心に染みるブラックコメディ

今年劇場で観る4本目、「バードマン」を観てきました。 

「バードマン」の公式サイトはこちら 

これは映画史上に残る意欲作にして問題作かもしれません。 

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」、ワンカット超長回し風表現は必見!

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実を言うと最初、この作品を映画館で見ようと思っていませんでした。
というのは、僕にとって映画館で見る映画の基準は

映画館の大きな画面で見るに値する映像であること

なのです。

なのでジャンルは問わないのですが、大自然の圧倒的なスケール感とか、ものすごく細部まで作りこんでいる映像とか、感動云々よりとにかく大きな画面で観たいと思う作品かどうかというのが判断基準なのです。

そういう観点でいくと、残念ながらこの作品はスルーかなと思っておりました。
まぁアカデミー賞もとっているし、そのうち出るであろうDVDを借りて家のテレビで見ればいいやと。

しかしそんな考えが一変したのは、撮影監督が『ゼロ・グラビティ』のエマニュエル・ルベツキだと知ったから。

あの長回しで臨場感と息が止まりそうな緊張感のあるの映像を撮った撮影監督ならこれは大きな画面で観ないといけない。
ということで映画館に観に行ったのですが、これがまさに当たり!

ほぼ映画一本まるまる超長回しのワンカットのように撮影され臨場感たっぷり。
物語自体はブロードウェイの劇場とその周辺だけの狭い空間で展開されますが、まるで自分もそこにイルカのような錯覚に陥ります。

この撮影技術と表現の手法はほんとうに見事。
しかもその映像と合わせて流れるジャズドラムのBGMが最高。

クラッシク音楽風の舞台のBGMとも対照的で延々と続くカメラワークにメリハリをつけてくれています。

一つの表現方法の挑戦という意味で意欲作であり、映画史上に残る作品だと言えます。

ただし、初めての体験だったので前半部分で映像に少々疲れました。

オッサンほど心に染みる映画

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さて肝心の物語の内容。
一言で言い表すならとにかくめちゃくちゃなストーリー(もちろんいい意味でですが)。
観終わったとき「こういう映画もありなんだな」と言うのが正直な感想でした。

ジャンル的にはブラックコメディとかダークファンタジーといった部類なのでしょうか。

マイケル・キートン演じるリーガン・トムソンはかつて大ヒットした映画「バードマン」で人気俳優となり大成功したのですが、いまは落ちぶれてしまい、再起をかけてブロードウェイの舞台に挑む中年俳優。

その初演までのドタバタがめちゃくちゃなのです。
もう久々に映画館で声を出して笑ってしまいました。

ただね、前編にわたって滅茶苦茶ぶりが発揮されているわけですが、基本このストーリーって再起をかけるオッサンの挑戦の物語なんですよね。

だから

「俺の人生このまま終わってたまるか!」

「俺はこんなもんじゃねぇ!」

「人生を諦めてたまるか!」

そういう心の叫びがずっと画面から溢れ続けている。
そして、リーガンは必死で、真剣に舞台を成功させようともがき格闘します。

その必死さがあってこそ、コメディが成立するのですが、大笑いしつつも私のようなオッサンには心にしみるのです。

過去の栄光。
家族の犠牲。
自分が本当にやりたかったこと。
老いていく自分。

気が付くと地位も名誉も仕事もお金も、そして家族も失っていた。
いろいろなものを犠牲にしてしまった。

そんな後悔の念はある程度の年齢を重ねないと理解できないものです。
あまりにもめちゃくちゃなで大笑いできるストーリーですが、本作品は”オッサン賛歌”映画なのです。

ぜひ、「俺はまだ終わってないぜ!」という”オッサン”にこそ観て欲しいです。

ラストシーンの解釈も楽しみの一つ

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さて最後に、こんなめちゃくちゃなで大笑いできる「バードマン」ですが、ラストシーンの解釈は難解です。

(ここからはネタバレ含みます)

私も「ん?ここで終わり?」と思ったものです。

で、いろいろな映画レビューを読んでみたのですが、どうもしっくりこないのです。

解釈のためのヒントはいくつかあります。

本作品は、ほとんど映画まるまる一本ワンカットのように撮られていますが、冒頭とラストの隕石の様なものが落ちてくるカットと、最後の病院でのシーンは別カットとなっていることとその意味するもの。

レイモンド・カーヴァーの詩
「たとえそれでも君はやっぱり思うのかな、人生における望みは果たしたと?」
「果たしたとも」
「それで、君は一体何を望んだのだろう。」
「自らを愛されるものと呼ぶこと、自らをこの世界にあって愛されるものと感じること」

バードマンのマスクのような包帯を取り、バードマンと別れの挨拶を交わすこと。

ローソクを手向けるリーガンのファンたち。

などなど。

こういった劇中に散りばめられたいくつものヒントから、最後の病室でのシーンは実はリーガンは死んでいたという説が有力視されているみたいです。

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が、どうもしっくりこない。
僕はあえて解釈はいろいろあっていいいと思います。

娘のサムが窓から下を見て、そして空を見てにっこり微笑む。

僕はこれがこの映画の答えだと思いました。

このサムの微笑みが表すものは、リーガンが真の自分を手に入れたことを表現しているのだということです。

その答えの前にはリーガンが死んだのかどうかは関係ないというか、そこを議論しても意味が無いと思うのです。

リーガンは舞台で死んだのか、あるいは生きていて本当に空中を舞ったのかはもうどうでもいいことで、大切な答えはリーガンが過去の栄光からも現在の苦境からも逃れて、真の自分を手に入れ愛される存在であることに気がついたということです。

まぁ、これはあくまで僕の解釈ですので、先に言ったように観た人それぞれが感じたことを大切にしてくれればいいと思います。

もちろん解釈云々抜きで、単純に笑って楽しむのもありですよ。

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