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読めば城を巡りたくなる【紹介】八幡和郎『江戸全170城最期の運命』イースト・プレス

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おはようございます、一龍です。

ゴールデンウィークあけの今朝は、城マニアにとって次のお休みが待ち遠しくなること間違いなしな一冊をご紹介します。

 

はじめに

GWいかがでしたか?

私は前半は飛び石連休で遠出できなかったのですが、後半は100名城の一つ、今治城に行ってきました。
もちろん本書をもって行って現地で書かれていることをチェックしつつ楽しんできました。

今日は、城好きな方に城巡りのお供にしてほしい本をご紹介します。

城トリビアなどなど、本書の楽しみ方

とにかくお城に関する情報が満載な本書。
まずは「お城っていくつあるの?」って話から。

★170あまり存在した幕末の城

 

 江戸時代に城下町がいくつあったかといえば、170あまりである。300藩というが、実際には270藩だった。そこに明治になってから御三家附家老五家と長州の吉川家が独立の諸侯として認められ、また旗本のうち1万石を超えた七家も諸侯とされた。そして270藩のうちで城主だったのが149藩だった。<中略>(その他一国一城例の例外とされた城や幕府が持っていた城、大名が転封されて空き城になっていたものなどがあった)そのあたりも勘案して、本書では、この170を基本に、幕府の城や安土城など歴史的に重要な城を加えて扱いたい。

なるほど、お城のなかった藩もあるから、藩の数=城の数ではないわけだ。
また、城持ちではない藩主ってすごく多かったんだなとこれは意外でした。

さてその城下町の人口はというと・・・

★城下町の人口目安

 

 幕府は原則として武士たちが城下に住むことを奨励したため、城下町はかなりの大都市になった。明治維新のあとに行われた調査では、全国平均で士族は数%だった。そして、だいたい人口3000万人で3000石だったから、石高の20分の1くらいの武士、足軽、武家奉公人などとその家族がおり、普通はその半数以上が城下に住んだ。それに町人が加わるため、城下町の人口もだいたい1万石に対して4〜500人ほどというのが、ひとつの人口の目安ということになる。

ということは、地元香川の丸亀藩なら石高約7万石だから、城下町の人口は3500人くらいということか。
うーん、思っていた以上に少なく感じるけどこんなもんだったんだろうな。

では次に個別のお城のトリビアを。

★大阪城天守閣はいいとこ取り

 

 徳川時代の石垣の上に黒田家蔵の大坂夏の陣屏風に描かれた豊臣時代の意匠を基本に、壁は豊臣風の下見板張ではなく白壁づくりというごちゃまぜのものだが、桃山風の華麗さと江戸風の清冽さの同居はいいとこ取りで、近代日本人の美意識にぴったり合い、各地の天守閣の復元に規範を与えた。

そうだったのか、大阪城ってある意味フィクションだったんですね。

★名古屋城は日本一

 

 名古屋城の天守閣(36.1メートル)は、1657年に江戸城天守閣(約50メートル)が焼失してから、1933年に大阪城天守閣(37.5メートル)が鉄筋コンクリートで再建されるまで、ほとんど3世紀にわたって日本一の高さを誇っていた。
 しかも頂上には金色の鯱が飾られていたのだから、そのカリスマ性たるや圧倒的なものだっただろう。

名古屋城ってそんなに大きかったのか。
まだ行ったことないからイメージ湧かなかったけど、大阪城と同じくらいと聞くと確かに凄い。
ただ、もっと驚いたのは江戸城の50メートル!
やっぱり徳川幕府は圧倒的だな。

ところで本書には170のお城の情報が網羅されています。
大阪城や名古屋城のようなメジャーなお城だけでなく、あなたの地元のお城も必ず登場します。
そこには地元民であっても初めて知るエピソードとの出会いがあるかもしれません。

たとえば、私の地元讃岐の国では、

★天守復元への機が熟す高松城

 

 高松城の天守閣は明治17年まで残っていたが、老朽化を理由に取り壊された。小倉城にならって4階が3階より大きく張り出したが、破風が多く、華麗な天守閣だった。軒唐破風の出窓や比翼破風が二重に配された、とても派手なものだった。姫路城と同じく漆喰で細部まで白く塗られて、高さ7間半、平面は12間四方で、かなり大きな天主だった。しかも天守台は3方が堀に囲まれており、海側からも遠望でき、おそらく豪華クルーズ船のような印象だったと想像できる。かねて復元の計画があるが、天守台の修築も進み、いよいよ機が熟していたようだ。

日本三大水城のひとつであり、「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われた高松城は豪華クルーズ船のような派手で美しい天守閣だったんですね。

これは再建が楽しみです。

一方、讃岐のもうひとつのお城、丸亀城は、

★日本で一番高い石垣と伝説

 

 日本で一番高い石垣は? と聞かれた場合、解答はふたつある。ひとつは連続して一気に積み上げられた高さで、その意味では藤堂高虎が築いた伊賀上野城と大阪城二の丸のそれで、高さ30メートルで日本一を分け合っている。<中略>
 一方、途中で段が変わってもいいというなら、丸亀城の石垣が高さ60メートルでいちばん高い。<中略>
 この石垣を完成させての宴席で城主だった生駒親正が「この石垣を超えることができるのは鳥しかいないだろう」とご機嫌でいったところ、よせばいいのに石垣を築いた石工が金棒一本で登ってみせたため、生かしておくと禍の種になると殺されてしまったという伝説がある。

天守閣こそ小さいですが、石垣の高さは日本一。
石垣萌〜な城マニアにはかなり高評価な城だということは前々から知っていましたが、まさかこんな伝説があったとは。

こうした地元のお城のエピソードを読み進めるのも楽しいですね。

まとめ

 

◆城巡りガイドブックとして

上記のようなトリビア満載の本書。
城好きな方のデータベースとしての機能を十分発揮できる情報量を備えているので、レファレンス本として使うのもいいでしょう。

しかし、新書サイズの本書は携帯するのに手頃なので、ぜひ城巡りのとき現地に持っていくことをおすすめします。

実物を目の前にして読むのは、インパクトの残り方が全然ちがいますからね。
例えば、丸亀城の石垣の上であの伝説を読めば、「よく登ったもんだ!」と驚くはずです。

そういう臨場感が城巡りを数倍楽しくしてくれるはずです。

◆天守閣はランドマーク

また、本書では城に関しての著者の考え、提案も興味深いものがあり、それも読みどころとなっています。

例えば、城の再建について

 また、最近は鉄筋コンクリートではなく、本格木造での復元が主流となっている。その嚆矢となったのは掛川城(静岡県)だが、もともとランドマークとしての意味が主で、倉庫と物見櫓としての機能が付加されているだけの天守閣は外観を復元すれば十分であって、多大な予算を使う木造を押しつけることは、私は行きすぎだと思う。

世界遺産登録を目指すのならともかく、町おこしとか景観の維持といったことであれば模擬天守でもいいのではないか?、先日今治城に行った時、私もつよく感じました。

天守閣って御殿と違って中は殺風景。
内部はみてもそれほど面白いものではありません。

ならば鉄筋コンクリートでつくって、資料館と展望台としてつかうと割り切ってもいいと思うのですが。
維持費もばかになりませんし。

もちろん江戸時代から現存する12の天守閣は大切に維持していけばいいと思いますが。

といった感じで、お城やそれにまつわるエピソード満載で、お城めぐりのお供にうってつけの本書。
ぜひ身近に一冊。

本書はイースト・プレス社、畑様より献本していただきました。
ありがとうございました。

目次

はじめに お城を知れば、「真実の歴史」が見えてくる
序章 残された城、壊された城、それぞれの裏事情  戦国〜現代、日本の城の歴史をおさらいする
第1章 山口、鹿児島、高知、佐賀編  「薩長土肥」から眺めた幕末史
第2章 九州編  「三大巨匠」官兵衛、清正、高虎が生んだ名城
第3章 四国、中国編  瀬戸内の花崗岩が生んだ奇跡的な石垣
第4章 近畿編  日本の城のルーツは「近江」にあり
第5章 中部編  なぜ名古屋城が「日本一の天守閣」なのか
第6章 関東編  関東の城に石垣が少ない理由
第7章 東北、北海道編  「大人の事情」が見え隠れする城たち

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