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知性が武器となる白取春彦流精読の方法と効果のポイント

おはようございます、一龍(@ichiryuu)です。

大人にとって勉強法のメインは本を読むことだと思います。
たた、読書といってもその効果的な方法は色々な方だいろいろな方法を推奨していて千差万別。

今回は白取春彦先生の『知性だけが武器である――「読む」から始める大人の勉強術』 の

第2章 「読む」ことが武器となる なにをどのように読むか 

より、白取先生オススメの読書法、精読の方法とその効果を紹介したいと思います。

 

知性が武器となる白取春彦流精読の方法と効果のポイント

★本を読むことが武器となる

 

 しかし、この(みずからが意味と価値を見出さないがために起こる)ニヒリズムを打開する方法はある。その確実な一つは本を読むことだ。なぜならば、本を読むことはその本に書かれていることを鵜呑みにする(鵜呑みにすれば、やがてはニヒリズムに陥る)ことではなく、その文章からなんらかの意味や価値を汲みとるという積極的な行為だからだ。
 もちろん、同じ本を読んだとしても、各自の環境や生き方によって意味の汲みとり方は違う。しかし、読むことで少なくともみずから意味と価値を汲みとる練習ができるのである。また古今東西のさまざまな書物を読むことで、さまざまな知識や価値観を知り、現在の状況からの活路への手がかりとすることができる。
 つまり、何も定められているわけではないことを多くの読書を通じて知ることで、わたしたちは自分にとっての新しい意味と価値を日常のあらゆることに自由に見出すことができるようになるわけだ。それがすでにニヒリズムの克服の第一歩ともなるのである。

★多読を誇るより、一冊を精読せよ その方法

 

 たくさん読んで読破した量を誇るのではない。とりあえず一冊の書物を、時間をかけて精読するのだ。精読するとは、一字一句に目をとめ、そこに書かれていることをすべて全てを知ろうとする読み方だ。
 地名が出てきたら地図を開き、人名が出てきたら人名辞典を開き、知らない道具や植物が出てきたら図鑑や百科事典にあたり、言い回しや用語の意味を一つずつ調べて本の余白に書き込み、表現の意味を調べ、総じて文体すなわち文章の特徴をつかまえ、書かれていることの思想の中核を把握し、さらには時代背景まで調べるのである。

★精読で、物事を貫徹させる力が身につく

 

こういう精読は多くの利益を与えてくれる。まず、一つの物事にじっくりと取り組んで貫徹させる力を養ってくれる。その力を持っている人は決して多いとはいえない。

 

★今までの自分を精読によって乗り越える

 (ノウハウ本で)ノウハウを求めるそういう人の大きな特徴として、かつて一度も独力で何事もなしえていないということがある。何事かについて独力で高いレベルに達した経験がある人ならば、ノウハウなど絵に描いた餅にすぎないということがすでによくわかっているはずだ。ノウハウが有効だというのならば、たとえば熟練工のスキルをノウハウ化できるはずなのだ。
 そういった意味において、たった一人で始めていく精読はこれまでの自分の安易で自発的でなかったやり方や考え方を否定していく行為になる。ノウハウもなく、目標もなく、独りで暗がりを歩く道行きである。報酬もない。だから、徒労や浪費に見えるかもしれない行為だ。
 それでもなお、精読には意義がある。というのも、これまでにしたことのなかった精密な読み方をすることによって今までの自分を大きく乗り越えて新しい自分を作ることができるからだ。
    

★語彙を増やすということは、多様な武器を手にすることだ

 
 まずは言葉だ。精読の際に事典を引きながら言葉の意味を知ることによって語彙が飛躍的に増えるようになる。豊かな語彙はすぐさま思考力を拡大させる要素になる。なぜならば、人はイメージと言葉によって考えるからだ。
 語彙によって広くなった考え方を持つということは、以前よりはるかに多くの可能性を持つことにすぐつながっていく。物事を多面的に見ることが容易になるし、だから以前より多くの対処方法や解決を見出やすくなる。語彙が多いのは、多様な武器を手にすることと同じなのだ。
    

★覚える努力が不要になる

 
 精読が有意義なのは一つの知識を確実にし、その知識を他の知識と有機的に結びつけることができるからだ。たくさんの書物を精読せずに読めば、その書物と他の書物との間の影響関係など知らぬままでいるしかないし、ただただ多くの個性的な著者が書く時代に存在していたと思うだけになってしまうだろう。
 このようにして有機的にわかるというわかり方は、学校教育でなされているやり方での分かり方と全く違う。今の場合でいえば、学校教育では簡単な解説と思想の系統図で各人が結ばれるような説明で終わるだろう。それは無機質な模様のようなものだ。だから丸ごと暗記しなければ頭に入ってこない。しかし精読しながら自分で調査すれば、覚えるという努力なしに、深い理解とともに自分の中に刻み込ま刻み込まれるのだ。
 要するに、性格というのは個々の書物という一本の枝への凝視から思想や文化としての樹木全体への俯瞰をする読み方なのである。だから、もっとも面倒に見えながらも、実際にはとても要領のいい読み方だともいえるのだ。
 たった一度でも一年をかけて精読をするならば、次に読む本からは精読しなければならない箇所がとても少なくなる。せいぜい、その著書の独自な思想についての調査が必要になる程度だ。
 しかも読むスピードがとても速くなる。よって結果的に、いつまでも一般的な読み方をしている人よりも多くの正確な知識を短期間で吸収できるようになるのである。

★手ぶらで読まない

 
 これまでいくつか代表的な例で出したさまざまなレベルでの誤読や偏見による読み方を少なくする方法は、誤解しながらもさらにたくさんの分野と種類の本を読み進めていくことでしかないだろう。
 すると、そのうちに、以前に疑問だった箇所や誤読していた箇所のまともな意味がようやくわかったるようになったり、疑問が氷解したりするからだ。それはいわば知識のアハ体験ともいえるだろう。アハ体験というのは英語圏での a-ha! experience を訳したもので、論理を経由していない突然のひらめきによる理解のことだ。
 この多読と並行してどうしても必要なのは手ぶらで読まないこと、つまり、各種の辞書類、歴史地図、歴史年表、百科事典や専門の事典などをそのつど開いては確認しながら読むことだ。そのうえで、注解書や解説書や時代考証の本もあわせて読む。これをしないと、ずっとつまらない誤解が続いていくことになる。

★読書に求めるものは、正しさではない

 どういう場合であっても、この本の論こそ正しいということはない。ある一冊の本の内容が全面的にた正しい、もしくは最初から最後まで真理を述べている、ということは決してありえない。よって、本書もすべてが正確だと言うわけではない。
 なぜならば、本に書かれている事はいつも仮説でしかないからだ。あるいは真理への近似値である。それは、この世において概念通りの精確な円を描けないことと同じである。
 したがって、本を読むときは正しいかどうかという基準を自分が持っても意味がない。そうではなく、その方が自分にとって興味深いかどうか、何か新しい考え方の地平を開いてくれるかどうか、といった個人的な感性や価値観を大切にすべきだろう。

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