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養老孟司、名越康文対談『「他人」の壁』から読書メモ、人は「わからない」があたりまえ

こんにちは、一龍(@ichiryuu)です。

今日ご紹介するのは、養老孟司先生と名越康文先生による対談本、『「他人」の壁  唯脳論×仏教心理学が教える「気づき」の本質』です。

脳科学者の養老先生と精神科医で仏教にも造詣が深い名越先生による対談は、非常に奥深い人間の本質に触れるものでした。

今回はお二人の発言で興味深いところを読書メモとしてシェアしたいと思いますが、対談の流れの中でのピンポイントの抜書ですので、ここだけ読んでも理解し難いと思います。

その点もご理解いただいた上で、どうぞ。

 

『「他人」の壁』の読書メモ

★別にわからなくてもいい

 

養老:人と人がわからなくていいという意味は、本質的にわかるはずはないとういこともあるんだけど、そのほうが、折り合いがつきやすいという意味もあるんですよ。わからないほうかうまくいく。別に全部がわからないからといって、その人が何か大変な事件を起こすこともないでしょう。だって、人は基本的にそんなにおかしなことはしないですから。隣りにいる友達が突然、「これから誰か殺しに行く」と言って、包丁持って出かけたりしませんからね。やることの大体はわかっているわけですから。別にわからなくても、日常の中でことは進んでいきますから。

★「人をわかりたい」は、自分が分からないの裏返し

 

名越:社会でうまくやっていきたい、人とうまくやっていきたい。そのためには、人をわかりたい、わからないとだめなんだと。
養老:そう思うんでしょう。不安だから。でも、人のことをわかりたいというのは、裏を返せば自分のことがわからないということなんです。
名越:相手をわかるためには、自分が何者かわからないとならないと。なるほど。だから相手もわからない。でも、自分のことなんてわかりますかね。
養老:わかるわけない。わからなくてもいいんですよ。「自分はこんな人間だ」と考えるのは自分を枠にはめ込むことでしょう。でも人は常に変わるんです。自分のことはわからない。年をとればそう思うようになります。

★感覚を鍛える「場」の重要性

 

養老:それ(最近の男は飲み屋によらずに家に帰って寝てしまう)、駄目なんだよ。やっぱり、「わかる」とか「気づく」の処方箋は、感覚を磨けってことだからさ、答えを言ってしまうと。それにはできるだけ、多様な状況に見を置くことがいいんで、1つには飲み屋もそうだし、もっと感覚を鍛えられる場に、身を置いてみる機会が必要なんです。一番いいのは田舎へ行って、森とか川とか、自然に触れることなんだけど。

★悩んだまま森や山へ行け

 

養老:だから有給とって山へ行けというんです。でも休めないでしょう。知ってますか。追い詰められて辛抱している人が増えてくると、今度は他人に要求するようになるんですよ。俺も休まないで我慢してるんだから、お前も耐えろと、休むなと。それを言われた人は、さらに別の人に同じことを要求する。それが不寛容の世界の背景だよね。だから体感しろということで、言葉じゃなくて。どうやって体感するかなんて他人は教えられない。教わることもできない。その場の力というものがあるんだから。感じるというのは、その場と同調しているということなんだから、場に行かないとわからない。

★ネットに溢れる”死んだ”情報

 

養老:「現代人は生きそびれていますよ」と僕はよく言っているんだけどね。ネット見てると山ほど情報があるんだけど、ああいうものは全部、死んでいますから。死んでいるという意味は、固定しているでしょう。明日になっても変わらない。いつまで経っても同じなのが情報なんですよ。でも人間は情報じゃないし、自然も情報じゃない。諸行無常ですから。それを取り違えるからおかしなことになる。ネットの中のものは全部そうですからね。新しいものは次々出てくるけど、そのまま全部が固定しちゃう。そういう情報は確かに便利かもしれないけど、生きてはいない。死んでいる情報とだけ対峙して、それではあなたは、生きていることとは違うんだよというところに、人生のどこかで気がついてほしいんです。

★「グローバリズム」の壁

 

名越:「グローバリズムは絶対的に正義なんだ」というのが1つの壁になって、その先を考えることができなくなる。これがが正しいとなると、その正しさ、有益その反映としてしか世界が見えなくなるのが人間の現段階の限界だと思うんです。これは相手を悪だと思った時にも言えることなんですけど。世界は自分の思い込みの反映が強く出る現場なんです。そうなると、思考の袋小路のようなものです。だから、ちょっと悪い言い方すると、グローバリズムって、肯定する倫理が全部、後づけでされているという気はしますよね。論理がセットになっている言説だから、すごく強い力を持っているわけですが、一方で、結果として起こってくることは決してプラスだけではない。場合によっては文化の崩壊が起こるという要因にもなる。ところが、「外国人が急に増えすぎると文化が崩壊してしまう」なんて言うと、「君はなんていう人だ」「ナショナリストだ」と。「どの国の人も命は平等じゃないか。そんなこともわかっていないあなたは野蛮人だ」なんて批判されるシステムが、今もう完全にできています。その、いわゆる表の理屈として「ヒューマニズム」とか「倫理」というものがくっついてしまっていて、セットになって壁のような形で完成されてしまっている。ヒューマニズムなんてグローバリズムの典型ですから。だから、こういうのって、僕はやっぱり「戦略」だと思うんです。あるいは、戦略として非常に有効に活用できる。グローバリズムという看板を掲げておけば、誰もが文句を言いにくいという前提があるから。

★世の中のことはすべてわかりっこない

 

養老:むしろ、わからないまま生きていくっていうのが希望なんですよ。そうでしょう。究極は自分を完成する形の生き方をすればいいんだから。価値観を他人なんか置かないで、「俺がどう生きたらいいか」を考えでさ。一生をかけて、人生という作品を作っていけばいいんです。せっかく寿命もらっているんだから、誰に気がねすることもなく、思う存分に生きてようと思えばいいんでね。

感想など

現代は多くの人が生きにくさを感じていると思います。

その原因の多くはコミュニケーションからきているんじゃないかな。

例えば仕事を辞める原因のトップが人間関係の悩みだったり。

家族間の問題でも、「わかりあえない」というのが根底的な問題でしょう。

ですが、僕も最近思うのですが、人間ってそもそも「わからない」ものなんじゃないかと。

「わからない」から、少しでも理解し合えるようにコミュニケーションをとる必要があるだけで、「わからなくてはならない」とか「わかってあげよう」「わかるはずだ」と思っているからストレスになるんじゃないかと。

その点、養老先生はバッサリ。

「わからない」を前提にして生きていくと、それだけで心が軽くなると僕も思います。

人間関係に悩んでいる方は、このお二人の対談を読んでみてください。
そして思い込みを排除すると、すっと心が軽くなり、世の中が変わって見えると思います。

本書はSBクリエイティブ様からご恵贈いただきました。
ありがとうございました。

目次

序章 「他人」をわかりたがる現代人
第1章 「わかる」の前に立ちはだかる他人の壁
第2章 誤解を無理に解く必要はない
第3章 「意識化」と「脳化」がもたらした弊害
第4章 無理解の壁に向き合える「場」の力
第5章 世界を席巻するグローバリズムの「壁」
第6章 判断を鈍らせているのは自分自身
終章 「違和感」を持つことで主体的に生きる

関連書籍

こちらは名越先生の最新刊。

編集後記:管理人のひとりごと

本書の中で養老先生が

養老:香川県のため池なんか、全部、弘法大師がつくったことになっている。

という発言がありますが、香川県民として一言。

なってないよ!
満濃池だけだよ!
それもつくったんじゃなくて修築したんだよ!
香川県民はみんな小学校で習ってるよ。

だいたい香川県にため池は約14000(昔は2万)あるからね、全部空海が作るなんて絶対無理。

以上。

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