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【読書カード】マイケル・J・フォックス(著)『ラッキーマン 』(SB文庫)

 

ラッキーマン

ラッキーマン

 

 

○そしてこの神経系の病気にならなければ、僕はこの贈り物の包みをあけることは決してなかっただろうし、これほど深く豊かな気持ちにもなれなかったはずだ。だからぼくは自分のことを幸運な男(ラッキーマン)だと思うのだ。

○ ここにもう一つの「意外な成り行き」がある。もしだれかがいまこの部屋に駆け込んできて、自分はいま――神でもアラーでも仏陀でもキリストでもクリシュナでもビル・ゲイツでもだれでもいい――そう言う人物と取引をしてきた、君が診断を下されてからの十年間を魔法で消してしまい、昔のままの君で過ごせる十年と取り替えてくれるという取引をしてきた、と宣言したとしたら、僕は一瞬の躊躇もなくこう言うだろう。「出ていってくれ」と。

○ ぼくが得た教訓とはこういうことだ。時間や失ったもののことをあれこれ思い煩うのではなく、一日一日を大切にし、前に進み、なにか大きなことが起こっていること、なにごとにもそれ自体のタイミングやバランスがあるのだということを信じることが大切なのだ。

○ 神様、自分では変えられないことを受け入れる平静さと、自分に変えられることは変える勇気と、そしてその違いがわかるだけの知恵をお与えください。

○ すばらしいひとときで、ぼくは全身で喜びを受け止めていた。もしあの時に多少とも振りかえる余裕があったら、十五年前に同じ章を受章して、この同じ観客の前に立っていた、少年と言ってもいいくらいの若い男と比べて、自分がどれほど違う人間になったことか、と顧みていただろう。圧倒されて舞い上がってしまい、僕があの夜口にしたジョーク――「身長が120センチしかないみたいな感じです」――は、当時自分で気がついていた以上に僕が何者であったかを表していた。今回、そういわなかったが、あのずっと昔の夜以降、僕がどれだけ進歩したかを示すには、単に「身長が165センチ、という感じです」という以上の言葉はなかったと思う。それ以上でも以下でもなく、まさしく等身大の僕がそこにいた。

○ 自分自信、すばらしいと認めている目的のために使われる存在であること、スクラップの山に放り出される前に完全に使い果たされる存在であること、世界は自分を幸せにしてくれなかったこと、病気や苦痛の文句ばかり言っている自己中心の輩ではなく、世の役に立てる存在であること、これこそが人生の喜びである。   (ジョージ・バーナード・ショー)

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