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百田尚樹(著)『日本国紀』幻冬舎【本の紹介】新しい時代を迎える前に読んでおきたい私達の記憶

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こんにちは、なおさん(@ichiryuu)です。

今日ご紹介するのは、今年(2018年)最後にどーんと登場したベストセラー、百田尚樹氏の『日本国紀』です。

『永遠の0』などのベストセラー作家てあり、保守派の論客(本人は否定されていますが)である百田尚樹氏が、日本の通史を書くということで、発売前からファンの熱い支持とアンチの批判がとにかく話題になっていましたが、発売後にはさらにヒートアップ。

こういった状況の中で、「読んでみたいけど、実際のところこの本どうなんだろう」と購入を躊躇している人もいることでしょう。

今回は本書の良い点も悪い点も、一応史学科出身で、高校で歴史教育に長年携わってきた僕なりの観点で、包み隠さず紹介したいと思いますので参考にしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本国紀』:読書メモ

★ほとんどのアンチのツッコミは意味がないただの揚げ足取りか誹謗中傷

本書を紹介するにあたって、まずはネガティブな情報に触れておきたいとおもいます。

本書が発売されてすぐ、いろいろな批判が湧き上がりましたが、まず異常な盛り上がりを見せたのがアンチによる一大”間違い探し”大会でした。

たしかに本書は間違いは多いように思います。

日本の通史を歴史の専門化ではない百田氏が書くとなると、ある程度の期間は資料集めと調査にあてないと書けないわけで、百田氏もものすごい数の資料にあたったのは本書を読むとうかがい知ることができます。

ですが、あまりにも調査執筆期間が短くて、正直言って古代〜戦国時代のあたりは少々突貫工事気味に感じました。

実際、アンチがツッコミを入れる間違いもこの時代・期間についての記述がメインです。

ですが、この間違いの多さを指して、「デタラメ本」と酷評している人がいますが、僕は決して読むに値しない「でたらめ本」とは思いません。

そもそもアンチの間違い探しは、あまりにも重箱の隅をつつくような、もっと言えば揚げ足取りに終止していて、本書の伝える「本質」の部分を論議するにはいたっていません。
(本書の伝える「本質」に関しては後述します)

一例を挙げてみると、たとえば

 しかし日本は飛鳥時代以前に都市から城壁をなくした。これは単一言語を持つ民族であることと、日本列島が四方を海で囲まれていたというのが大きかった。日本の歴史を見て驚くのは、ヨーロッパや中国では当たり前のように行われてきた民族の大虐殺がまったくないということだ。これは非常に幸運であると同時に、誇るべき歴史であると思う。(P64)

という記述の後で、戦国時代に入ると信長のところで

元亀二年(1571)の延暦寺との戦いでは、寺を焼き尽くし、僧だけでなく女性や子供まで数千人を皆殺しにした。天正二年(1574)の伊勢長島の一向一揆鎮圧の際も、女性や子供を含む二万人を皆殺しにしている。
 これは日本の歴史上かつてない大虐殺である。壬申の乱、源平合戦、鎌倉幕府倒幕の戦い、応仁の乱など、数々の戦があったが、戦闘員でない老人、女性、子供まで虐殺したことはない。その数も桁外れだ。いかに信長という人物が破天荒な男であったかがわかる。(P141)

とあり、さらに本書も終盤になると

 日本ほど平和を愛した民族はいない。日本の歴史には、大虐殺もなければ、宗教による悲惨な争いもない。人々は四方を海に囲まれた島国の中で肩を寄せ合い、穏やかに暮らしていた。(P486)

というふうに「大虐殺」がなかったのかあったのか、矛盾しているではないかという指摘があります。

これ、一見矛盾しているように感じますが、文脈の捉え方ですよね。

百田氏自身も

というふうに反論しています。

まぁ、これはほんの一例ですが、アンチの間違い探しはあまり気にしなくてもいいと思います。

実際のところ版を重ねるたびに手直しが加えられていくでしょうから、徐々に完成度も高まっていくと思います。

★コピペ問題と参考文献がない問題

しかし、アンチの指摘にの中に看過できない問題が存在しているのも確かで、その一つがコピペ問題。

僕はいちいち検証していないのでどの部分かわかりませんが、ウィキペディアからのコピペをした部分があるようで、百田氏自身も認めています。

これに関しては、分量の多い少ないといった問題ではないことは作家である百田氏なら十分承知していることでしょう。

文章を使われた側が訴えれば問題化するわけで、今後の推移を見守るしかありません。
(追記:約1年経った2019年11月現在、特段訴訟はおこっていません)

それよりも僕は、もう一つの「参考文献が一切記載されていない」という問題のほうが、読み手として大きな問題だと思います。

一応、まがりなりにも史学科を卒業している僕から言わせてもらうと、参考文献がない歴史書は歴史書の体をなしていないというしかありません。

これは歴史を学問として少しでもかじった人なら常識です。

この件に関して百田氏は教科書などを例に挙げて

 

 

といった反論をされていますが、教科書に参考文献がないのは、執筆者が歴史学者であり、これまでに著書や論文でどんな主張をしているか、どういった資料によっているかが間接的にわかるからです。

例えば、山川出版の『詳説日本史』の著作者一覧を見ていただくと、筆頭に故石井進先生(元東京大学教授)の名がありますが、石井進先生を検索すればその著書はわかるわけですし、僕たちはそれを読むことができます。

つまり、これまでの研究成果から参考文献がわかることが、教科書執筆時に参考文献を記載しないことの”担保”となっています。
石井進先生のウィキペディアのページ

しかし、歴史学者ではない百田氏にはそういった”担保”がない。
つまり、この点に関しては百田氏の反論はかなり分が悪いと思います。

また、僕は違う意味で参考文献がないことを残念に思っています。

本書ははっきり言って学術書ではありません。

とあり、また『「日本国紀」の副読本』でははっきりと「日本民族の物語」と言っています。

 

この本は、いうならば、歴史教養本であり、通史の形をとった歴史物語という位置づけでしょう。

 

それはそれでいいのですが、本書の想定読者はそれこそ学生時代に日本史を習った後、初めて歴史書を手にするような人たちではないでしょうか。

そういった読者はおそらく、学校で習った自虐史観とは全く別の視点を本書から得て、「そんな事があったのか」「本当はそういうとこだったのか」と目からウロコ状態になるでしょう。

その時に、参考文献が記載されていれば、さらに関連書籍を読むことで深く学ぶことができるのです。

そういう意味において、本書は日本史への興味関心の扉的立ち位置、内容なのに、肝心の更に奥に進むための”扉”がない。

「〇〇という説もある」と書かれていて、「その説をもっと知りたい」と思っても、知る方法がないのです。

これはすごくもったいないことです。

歴史教養書としても、やはり参考文献がないのは大きな欠陥といえるので、今後どこかの段階で全面改訂して参考文献一覧を記載してもらえたらと思います。

そして、要望ついでにもう一つ。
本書は地図や系図が一切ありません。
これも歴史にそれほど詳しくない読者を想定した場合、理解を促すために必要だと思うので、最低限は記載してもらいたいですね。

★意外だった天皇家に関する記載

さて、ここまでネガティブな情報をお伝えしてきましたが、ここからはポジティブな内容をお伝えしていきます。

当然ながら古代から現代へと読み進めていったわけですが、まず感じたのが「意外にバランスを取っている」という点でした。

どういうことかというと、古代から室町時代にかけては天皇家の存在を外して書くことはできません。

で、百田氏といえば保守のイメージですから、さぞかし本書では天皇礼賛的な表現になっているのかと身構えて読み進めたわけですが、意外にも冷静。

特に仲哀天皇から応神天皇への世代交代においては、王朝の入れ替え疑惑を説得力のある説として紹介している点や

 歴史研究家の中には、この時(仲哀天皇が崩御し、古事記ではその15ヶ月後に、日本書紀では10ヶ月と10日後に応神天皇が生まれた)に王朝が入れ替わったのではないかという説を唱える人が少なくない。仲哀天皇は、熊襲との戦いで戦死し、代わって熊襲が大和朝廷を滅ぼして権力を掌握したという説だ。なら、なぜ日本書紀にそれが書かれていないのか。記紀が書かれた八世紀頃は、「皇統は万世一系であらねばならない」という不文律がすでにあったので、記紀編纂者がそのあたりをうまく工夫して書いたというのだ。定説にはなっていないが、私はこの説はかなり説得力があるものと考えている。

また、継体天皇に関しては、

 現在、多くの学者が継体天皇の時に、皇位簒奪(本来、地位の継承資格がない者が、その地位を簒奪すること)が行われたのではないかと考えている。私も十中八九そうであろうと思う。つまり現皇室は継体天皇から始まった王朝ではないかと想像できるだ。継体天皇が即位してから19年も都を定めなかったのも、その間、前王朝の一族と戦争をしていたと考えればしっくりくる。

といった説を展開しており、

さらる驚いたのは次の記述

 崇徳上皇は鳥羽上皇の子供ということになっているが、本当の父親は鳥羽上皇の祖父の白河法皇である(上皇が出家すると法皇になる)。つまり白河法皇が孫の妻と不倫して生まれた子が崇徳天皇(後、上皇)だったのだ。このことは正史には書かれていないが、様々な状況証拠から、おそらく事実である。鳥羽上皇は息子の崇徳天皇を「叔父子」と呼んでいた(祖父の子は自分にとって叔父にあたるからである)。

ここまで書かれると、不敬ではないかと思ってしまいます。

ともかく、タブー視される天皇家に関する記載も、どちらかというと「遠慮なく書く」姿勢が見受けられて、保守の論客とはいえ、しっかりと自分の歴史観を持って書かれているなと感心しました。

★韓国、中国にはチクリ

とはいえ、遠慮のなさは中国、韓国に対しては日頃の言動どおり。
チクリと釘を刺すシーンがちょくちょく見受けられます。

例えば韓国に対しては

 遣唐使はすべて朝鮮半島を経由しない海路(主要なものは3ルートあった)を使った。今の韓国がよく「日本の文化は朝鮮が伝えた」と主張するが、史実があやふやな古代は別にして、遣唐使以降の文化や技術の輸入には、朝鮮はまったく関与していないといえる。

とか、
テコンドーに関しても

 なお世界でも人気の高い空手は、琉球で発達したものだ。韓国が「自国の伝統武芸」と主張するテコンドー(オリンピック競技にもなっている)は、昭和に来日した朝鮮人が日本の松濤館流空手を真似して作った新しい格闘技である。

などとチクリ。

また、中国にも

 ところで、冊封とは属国であることを意味するものではない。あくまで中国皇帝のメンツを重んじた儀礼にすぎず、実効支配や統治とは異なる。最近、中国共産党政府が、古くから中国王朝に朝貢をしていたチベットなどについて、「古代から一貫して中国の一部だった」との主張をしているが、この伝でいけば室町幕府も琉球も「明の一部だった」ことにされてしまう。こんな史実からかけ離れた主張に取り込まれることのないよう、私達の先人が、冊封すら嫌ったということをしっかりと覚えておきたい。

と、こちらは現在の中国の覇権主義を批判する牽制する意見として書かれています。

そんな中で、最近話題の徴用工問題に関連する部分は必読かと思います。
ポイントとなる部分を抜粋してみました。

 昭和40年(1965)、日本は韓国と「日韓基本条約」(正式名称・日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)を結んで国交を正常化した。この条約と同時に締結された「日韓請求権・経済協力協定」で、日本政府が韓国に支払った金は、無償で3億ドル、有償で2億ドル、民間借款で3億ドル、その他を含めると11億ドルにものぼった。これは当時の韓国の国家予算の2.3倍にあたるものであった。

 

しかも併合時代に日本政府が韓国内に残した53億ドルにのぼる資産はすべて放棄した上でのことである(他に巨額な民間資本も残したままであった)。

 

 韓国は日本から莫大な金を得て、「対日請求権」をすべて放棄することに合意した。請求権協定には「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」との文言が明示され、締結日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとするとの旨の一文もある。

 

 敢えて補足すると、「日韓基本条約」を結ぶ際、日本政府は韓国政府に対して、「併合時代の朝鮮人に対する保証を行いたいので、資料を出してほしい」と要求したが、韓国政府は「個人への補償を行いたいので、資料を出してほしい」と要求したが、韓国政府は「個人への補償は韓国政府が行うから、日本はその金を含めて一括して支払え」と回答した。ところが韓国政府は個人への補償を怠った。これだけでも呆れるが、韓国政府はその後、日本政府に対し、慰安婦や戦時徴用工への個人保証をしろと執拗に要求するようになる。

本書は日本の通史ではありますが、一通り読み進めることで、現在の日中、日韓の関係や問題の発生した背景を知ることができます。

これも本書の大きな魅力の一つではないでしょうか。

★日本人にもチクリ

中国や韓国に対してチクリチクリと釘を差すような記載があると同時に、実は日本に関してもそういった記載があるのです。

「歴史は人類の知恵とムチの宝庫」といいます。

本書は読む人に日本人としての誇りを与えることを目的として書かれていますが、それと同時に”無知”の部分も書かれています。

例えばペリーがやって来たときの幕府に関して

 ペリーが兵隊を乗せた小舟を下ろし、江戸湾(現在の東京湾)の水深を測るという行動に出た時、防備にあたっていた川越藩兵はそれを阻止しようとしたが、幕府から「軽挙妄動を慎め」と命じられていた浦賀奉行によって押しとどめられた。自国領内、しかも江戸城のすぐ目の前の海を外国人が堂々と測量することを黙認した幕府の態度は腰抜けとしかいいようがない。ただこれは、現代の日本でと起きていること、たとえば尖閣諸島の沖で、中華人民共和国の海警局の船の跋扈を看過している状況と似たことのようにも見える。

この記載は現在の日本人にもチクリときますが、決して日本人はこんなにすごい! と手放しで礼賛する本ではないのです。

 

★小栗忠順や偉大な先人たちにスポットを当てる

その一方で、しっかりと素晴らしい先人たちを紹介してくれています。
特に、学校の授業では登場しない人物にスポットを当ててくれているのは嬉しいところです。

例えば幕末の小栗忠順(おぐりただまさ)に関する記載。

江戸幕府の旗本で、幕府海軍創設や金貨の海外流出を防ごうとするなど、日本を外国から守るために尽力した官吏です。

小笠原諸島の領有権を確保したのが最大の功績ですが、これほど優れた人物がなぜか日本史の教科書には記載されていません。
ひょっとすると、小栗は最終的に薩長に処刑されたことが原因なのかもしれません。

また、近年、杉原千畝さんは有名になりましたが、関東軍の樋口季一郎少将や安江仙弘陸軍大佐も多くのユダヤ人を救っていますが知られていません。

こういった、偉大な先人の存在を知ることかできることは、本書を読むべき重要な価値の一つであることは間違いないと思います。

★百田史観!? そういう考え方もあったのか

僕は個人的に面白かったのは、いわば「百田史観」と名付けていいのか?

百田さんの歴史上に対する評価でした。

その最たるものが田沼意次に対する評価。

通常、田沼意次に対する歴史的評価というと、お金に汚い(賄賂)とか、金権政治という言葉を思い出します。

だから失敗して、最後は失脚したんだと思っていました。

ところが、

 意次の政策で最も注目すべきは、商人から税を徴収したことである。彼は商品流通を行うための株仲間(幕府から営業の独占権を与えられた商人の集まり)を結成し、そこから冥加金を取った。これは現代の事業税に近いものがある。
 この政策はあまり評価されていないが、私は画期的なことであったと思う。江戸幕府が開かれて百五十年以上、どの将軍も老中も思いつかなかったことだ。

と百田氏が評価しているのを読み、はじめて「この人は貨幣経済がわかっていた人だったんだ」と見方が180度変わりました。

こういった自分の知らなかった考え方と出会える、定説の見方とは違う評価をしる事ができるというのは歴史書を読む醍醐味です。

★百田氏の真骨頂発揮! 圧巻の現代史

そして超オススメなのは現代史。

百田氏自身が第12章からが本当に伝えたかった部分と言っているように、敗戦から現代に至る記述はまさに圧巻。
まさにこの部分が本書の伝えたい本質と言えると思います。

そして、憲法改正や、近隣諸国とどう対峙していくかといった難しい問題が山積している今こそこの部分を読んでほしい。

発端はGHQによる占領政策にあります。

GHQの目的は何だったのでしょう。

 GHQの最大目的は、日本を二度とアメリカに歯向かえない国に改造することだった。

そのため、

アメリカを含む世界44カ国が調印している「ハーグ陸戦条約」には、「戦勝国が敗戦国の法律を変えることは許されない」と書かれている

にもかかわらず「戦争放棄条項」を記載し、「天皇の統治権」を認めない憲法に作り変えました。

そしてさらに、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP:War Guilt Information Program)で日本人を洗脳していきます。

これはわかりやすくいえば、「戦争についての罪悪感を、日本人の心に植え付けるための宣伝計画」で、この施策は東京裁判から始まり、言論統制と検閲、さらには教職追放と左翼活動家により教育の現場にも浸透し結果的に日本人の精神を見事に破壊しました。

そして戦後70年以上経った今現もこのWGIPの影響は根深く残っています。

憲法改正に賛成するのも反対するのも自由です。
基地問題、徴用工補償問題もしかりです。
この国には表現の自由がありますから。

ただ、賛否どちらの立場を取るとしても、本書12章以後に書かれた事実や歴史的流れを知らずして、現代の日本の抱える問題の本質は見えないでしょう。

その点を包み隠さず書き記した百田氏は見事だといっていいと思います。
 

まとめとして

長々と述べてきましたが、結論としては、新しい時代を生きていくにあたって、平成の最後の今、読むべき本だとおすすめします。

もちろん、先述したようにいろいろと問題はあります。

ですが、現実として500ページにまとめられた、内容とバランスの良い通史が希少なこと。
(レベルとしては入門書よりは詳しく、専門書よりは優しい)

そして文章表現に関しては簡潔にしてはっきりとした語り口で、流石の一言です。

また、コラムも充実しており、雑学をインプットするのにも向いています。

以上の点から、あまり日本史に詳しくない方が、大人の教養として読むのに適した本と言えます。

最後に僕自身の感想を少し。

百田氏は12章からが本当に書きたかったこととおっしゃっていますが、僕自身は第8章の明治維新からワクワクが止まりませんでした。

それまでの古代から幕末までは長い長い前振り。

エネルギーをためにためて、一気に爆発するダイナミズムを感じてやみませんでした。
もちろん、その”前振り”こそが、我々日本人が長い年月培ってきた歴史と文化であり、それなくして世界に例を見ない短期間の近代化はありえません。

また、この”前振り”を知らずして、現代を理解することもできないでしょう。

歴史は切り売りすることはできません。

一つの事象にはそれに至る時間といくつもの事象が積み重なっています。

それを紐解く一冊として本書は適書ではないでしょうか。

アンチの批判はたくさん出ていますが、どうかご自分の目で確かめてみてください。

『日本国紀』:目次

序にかえて
第一章 古代〜大和政権誕生
第二章 飛鳥時代〜平城京
第三章 平安京
第四章 鎌倉幕府〜応仁の乱
第五章 戦国時代
第六章 江戸時代
第七章 幕末〜明治維新
第八章 明治の夜明け
第九章 世界に打って出る日本
第十章 大正から昭和へ
第十一章 大東亜戦争
第十二章 敗戦と占領
第十三章 日本の復興
終章 平成

『日本国紀』関連書籍

タイトル通り本書の副読本です。
こちらから先に読んでもいいですね。

 

 

 

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